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A Fickle Child Psychiatrist

ー移り気な児童精神科医のBlogー

児童虐待による社会的損失 —日本での試算—

 子どもへの虐待によってどのくらいの社会的な損失があるのかということは、その対策にどの程度のコストをかけるべきかという政策的決断に不可欠なデータの一つです。自分の知る限り、日本にはこれを直接扱った研究がなかったのですが、平成25年12月7日付けの朝日新聞夕刊に虐待による社会的損失に関する記事があり、2012年度だけで1兆6千億円にのぼるという、驚くべき推計が報告されていました。

 

 とても重要な記事だと思うのですが、ウェブ上には情報がまったく挙がっていないようなので、ここでご紹介させていただきます。

 

 追記 今朝になってウェブ上に記事が挙がっていました。

子ども虐待、社会的損失は年1.6兆円 家庭総研まとめ

(朝日新聞 Digital 2013年12月9日)

 

 研究自体は子ども家庭総合研究所の和田一郎先生によるものです。2012年度の子ども虐待による損失を推測しています。この研究で社会的コストは、

 ①虐待に対応する児童相談所や市町村の費用、保護された子どもが暮らす児童養護施設などの直接費用

②虐待の影響が長期的にもたらす生産性の低下などの間接費用

に分けて計算されており、更に間接費用の内訳として、

精神疾患にかかる医療費・学力低下による賃金への影響・生活保護受給費・反社会的な行為による社会の負担—など

として挙げられています。

 

 記事中ではアメリカ、オーストラリアの先行研究との比較がなされているのですが、記事の中にある数字のみをひろって表にしてみると下記のようになります。(アメリカ 1$=100円 オーストラリア 1豪$=100円)

 

【虐待による費用の国際比較】
 日本アメリカオーストラリア
対象年(度) 2012 2007 2012
直接費用(億円) 1000 33000 3000
間接費用(億円) 15336 70000 (データ無し)
人口比(対日本) 1 2 0.2

 

 これを見ると、日本の直接費用は人口比で考えると、アメリカやオーストラリアの約15分の1程度と極端に少なくなっています。一方で間接費用はアメリカと比較すれば小さいのですが、直接費用に比して大きな損失となっています。これについて記事では、和田先生のコメントとして、

「日本は虐待を受けた子どもにお金をかけていないということ。子ども虐待に予算や人員をかけることが結果として、将来の膨大な損失を防ぐということを理解して欲しい」

 と書かれています。

 

  記事だけでは、この研究がどこで発表されたか、または発表予定なのかなど、不明な点が多いのですが、そのあたりがわかったら、また追記していきたいと思います。

(2013.12.9 追記 記事のタイミングを考えたら、発表はたぶん来週松本で開催される日本子ども虐待防止学会ですね。)

 

 自分の臨床実感としても、虐待によるそれぞれの人の損失は非常に大きなものです。また社会全体としてみたときにこれだけのインパクトになるのだということを改めて感じました。一方でアメリカは虐待への対応に多額の直接費用を投じているにも関わらず、社会的損失は非常に大きくなっています。背景の社会的要因の差異なども大きく影響しているようには思われるのですが、今後、直接費用の投下による間接費用の減少効果の推定など、更なる研究が必要であるようにも思われます。

 

 いずれにしても、いままで議論の根拠とするデータすらなかったところに、ようやく足がかりができたというところかと思います。今後一層こうした研究が進むことに期待します。また同種の研究は、例えば発達障害などに関しても行われる必要があります。海外にはそうした研究がけっこうあって、大昔のブログでもご紹介したりしているのですが、自分の知る限り日本での研究は発表されていないようです。こうした課題にも正面から取り組むことで、早期発見や介入のための費用を確保しやすくなるのだと思います。